無礼な奴
県立美術館で染色家の志村ふくみさんの紬織の作品展が行われており、今日はその一環として彼女の講演会があった。私はその方面には興味がなく詳しくは知らないが、彼女は染色界の第一人者で、人間国宝にも指定されているのだそうだ。妻が講演を聞きたいというので私は子守り役としてそのお供をした。講堂は超満員で、あふれ出した聴衆は前の廊下から近くの階段まで埋めていた。
講演の後、質疑応答が行なわれた。質問者の大半は志村さんのファンらしく彼女を『先生、先生』と呼んでいた。ところがひとりの若い男性は彼女を『おたく』と呼び、毒気を含んだ批判的な質問をしたらしい。私はその場にいなかったが、妻は『納得できない部分を批判するのはいいが、人生の大先輩なのだからそれなりの敬意を払った物の言い方をすべきだ』と憤慨していた。
私もたしかにその通りだと思う。しかし、振り返ってみれば私自身も若い頃には同じような言動をしていたものだ。それは権威を背にしたものへの反発であり、それに屈しない自分を顕示しようとする虚勢、いわばゆがんだ自己主張である。そういう屈折した言動を一概に否定すべきではないが、かといって他人を踏みつけにする行為が若さという免罪符によって許されるべきでもない。
最近でも私は有名な政治家や文化人をバカ呼ばわりしている。私自身は彼らの人格を全否定しているわけではなく、彼らの特定の部分を批判しているつもりなのだ。が、他人からは同じに見えるかもしれない。その点は常に心すべきだと自戒したのだった。
平成風景点描
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