2023年1月30日月曜日

               不信の社会


 あるシティーホテルでのことである。夜の九時頃、私は部屋に帰ろうとしてドアが閉りかけたエレベーターにあわてて駆け込んだ。そのとたん、中に乗っていた小学校五、六年生くらいの女の子が驚いたような顔で私を見て、弾かれたように外へ飛び出した。

 たぶんその女の子は常日頃から大人の男性と二人だけでエレベーターに乗り合わせてはいけないと教えられていたのだろう。だから反射的に私から逃げたのだ。

 しかし結果的には、私が先に乗っていたその子を追い出したことになる。私は上昇していくエレベーターの中で、その子に悪いことをしたという思いとその子の行動への腹立たしい思いが入り混った複雑な気持ちを噛みしめていた。

 幼児や小学生を対象とした誘拐や変質者的な犯罪が多発している今日、子供たちが自分の身を守るにはこのように行動する他ないだろう。不特定多数の者が出入りし、酔客も多い夜のホテルではなおさらだ。私も自分のこどもにそのように教えている。が、それでもなお、このできごとは不愉快だった。

 しかし、不愉快という以上に重大な問題は『見知らぬ人は警戒せよ』と教え続けることが子どもたちにどんな人間観を持たせるか、そしてそのような子どもたちが社会を作るときこの社会がどうなるかということである。その深刻な影響を考えるとき、私は多少の危険を犯してでも子どもたちに人を信じることを教えたい、とも思う。

 もちろん、自分の子どもを前にした時、それは容易なことではない。それでも、せめてその気持ちだけは失いたくない。

平成風景点描

  草むらの凶器  赤ちゃんに缶コーヒー  山が消えた  無礼な奴

  横暴な客  不信の社会  哀しき大道芸 

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