根性のある話
二、三年前のことである。私が学校の廊下を歩いていると、男子便所のボックスに数人の生徒が群がっているのが見えた。タバコを吸っているのではないかと気になって入って行くと、大便器の中にお金を落としたのだという。見ると確かに数センチ水が貯っている中に五百円玉が沈んでいた。
生徒たちは最初、割箸を借りてきて拾おうとか、いやゴム手袋の方がいいとかいろいろ相談していた。ところが何かのきっかけで急に諦めようということになって、立ち去ろうとしたので、私は慌てて彼らを呼び止めた。お金を粗末にしてはいけない、それにこのままにしておくと排水パイプに詰まるかもしれない、だからちゃんと拾いなさい、割箸もゴム手袋も必要ない、自分の手で拾えばいいんだと言ったのである。
ところが、彼らは顔を見合わせるばかりである。私が何度うながしても誰も拾おうとはしない。私はついにしびれをきらして自分が水の中に手を入れて拾った。その途端、生徒たちの中から『すごい』とか『根性がある』などという歓声が上がった。まさかこんなことで『根性がある』と言われようとは思ってもみなかった。
生徒が便器の中のお金を拾うのをためらったのはわからぬではない。私も彼らくらいの年代には同じだったような気がする。ところがいつ頃からか、ある程度は自分の不快感や屈辱感を抑えて必要なことが出来るようになった。もしかしたらそれは社会人としての成長であり、実際に『生きていく根性』が出来たのかもしれない。
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