教師らしい教師
私が教師になって間もない頃、自転車泥棒と間違えられて派出所に連れて行かれたことがある。あれこれと職務質問をされる中で職業は何かときかれた。教師だと答えると、警官はいかにも嘘だろうという表情で『おまえは俺をナメてるのか』と怒りだした。
よほど教師らしくなかったのだろう。職務質問の時の警官の態度は不愉快であったが、当時の私は教師らしい教師になりたくないと思っていたから、警官にまで間違えられたことがうれしかった。
当時の私は不遜にも『現在の教育は間違っている。自分はそれと闘うのだ。』という信念を持っていた。そして、至るところで学校のあり方と衝突し、自分の意見を通そうと肩をいからせていた。
ところが、私自身のそんな考え方はまもなく破綻をきたし、私は自信を失って教師をやめようと何度も思った。それ以後、私は、学校も社会の中の一つのシステムに過ぎないと割り切ることにした。そして自分はそのシステムの中に生きる一人のサラリーマン教師になろうと心がけてきた。
最近、私は自分が教師だと言って疑われたことがない。周りの人たちも先生と呼ぶ。昔ならそう言われるのがいちばん嫌だったが、今ではそんなものだと思っている。ずいぶん教師らしい教師になったつもりだった。
ところがある生徒が私の同僚に『森本先生という人は分からない』と言ったそうだ。その先生は『自分にも分からないのにおまえに分かるはずがない』と答えたという。やはりまだ教師らしい教師ではないらしい。
マージナルマンリンク
0 件のコメント:
コメントを投稿