マージナルマン
『マージナルマン』ということばがある。『周辺人』とか『境界人』などと訳されているようだが、特定の社会の周辺部や二つの社会の境界に住む人間を指す。たとえば国境付近の住人や世界を渡り歩く船乗りなどがそれにあたるのであろうか。
こういう人は社会への帰属意識も薄く、その社会で主導的な役割を演じることもできない。しかしそのかわり、社会を客観的に眺めたり、接触する二つの社会の価値観をそれなりに理解することができる。私は自分の生い立ちを振り返ってみて、自分がいつもこういう位置にいたのではないかと思う。
私は昭和二十四年に滋賀県の農村に生まれた。この時期は戦前の封建主義、軍国主義から戦後の民主主義への転換の時期である。当時、生活習慣にしても社会的な価値観にしても、古いものと新しいものが奇妙に共存していた。私はその両方から影響を受けたが、どちらにも安住できなかった。
私の家は貧しく、祖父母や母は村の主流をなす人たちとは少し違った考え方をしていた。しかも父が他村からの養子だったので隣近所との付き合いも少なく、私は村の人々の名前も知らずに育った。そのため私は自分の村にさえ帰属意識を持たなかったのである。
高校卒業後、私は大阪の大学に進んでここで初めて都会に触れた。ちょうど学園闘争の時期で私もそれなりに関心を持ったが、運動の中に飛び込むことも出来ず、さりとて既成社会に安住することも出来ず、ここでもまた私は『周辺人』だった。そして卒業後、工学系でただ一人教師になった変わり種である。
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