式場の日の丸
この四月から、新教育課程への移行に伴って、入学式や卒業式での国旗の掲揚が義務付けられた。しかしそれでも私は教育の場への国旗の持込みに反対である。なぜか。
それは、一般に言われているように、日の丸に侵略戦争や植民地支配の旗として用いられた暗い歴史があるからではない。そういう歴史はイギリスのユニオンジャックにも、アメリカの星条旗にもある。国旗が国家を象徴するものであり、過去に理想的な国家がなかった以上、どの国旗も多かれ少なかれそのような血塗られた歴史を背負っている。
私は国旗が日の丸だから悪いと言っているのではない。日の丸であれ何であれ国旗を学校の式場に持ち込むのが悪いと言うのだ。
式場に麗々しく飾られた国旗は、その場が国家によって支配されていることを表わしている。つまり、教育の主体が国家であることを示しているのだ。そして、国旗への敬礼を要求することは、そのような教育のあり方への屈服を強要することに他ならない。しかし、教育は国家によって管理されてはならないのだ。教育権は社会にあって、国家から独立していなければならない。それが憲法や教育基本法の精神なのである。
さらに、式場の日の丸は国家に特別の価値を認めることをうながし、国家への忠誠や従属を要求する。国家というものを独立した個人の契約の体系としてとらえる自由主義の伝統がある国ならともかく、国家を民族共同体として、個人を超越した価値を持つ実体であるかのごとく把えがちな日本では、それは特別に危険なことだと思うのである。
教育現場から
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