2023年1月30日月曜日

               学識経験者追放論


 教育制度を改めたり教育過程(カリキュラム)を改めたりする時には、たいてい『審議会』が設置されて『学識経験者』がその委員に任命される。しかし、今日のような複雑な教育課題を達成する上でそういうやり方が本当に有効であろうか?

 と書くと、大方の人は『それは自然な方法だ。それ以外にどうしろというのか。』と言うだろう。しかしこれは決して自然な方法ではない。こういうやり方は、教育のすべてを一元的に管理しようとする文部省の意図によるものだと私は思っている。

 文部省がこのようなやり方を好むのには二つの理由があるのだろう。そのひとつは、学者の権威を利用して文部省の教育政策に権威を付けることであり、もうひとつは『教育のシロウト』を利用して官僚がコントロールしやすい条件を作ることである。

 私は、たとえば立派な業績を上げた数学者は数学教育の策定に関わるべきではないと思う。少なくとも小・中・高校の数学教育を論じるには不適切だ。なぜなら、彼は優れた才能を持っていたからこそ立派な数学者になったのであり、ごく平凡な大多数の生徒を理解できないだろうからである。現実の生徒を理解しないで、理想だけでものを言えば教育は混乱する。彼はせいぜい参考意見を述べるだけで我慢すべきなのだ。

 そういう意味で教育制度や教育過程を決めるのは生徒をよく知っており、学問体系についてもそれなりの知識を持っている者、つまり現場の教員が最適だと私は思う。私たちにはそれだけの経験と能力があるのだ。

教育現場から

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