校長機関説
県内のある高校でのできごとである。一月中旬に校長が卒業式での君が代斉唱を指示した。それに教諭全員が反対し、その後何度も話し合いが持たれたが論議は平行線をたどった。そこで校長は式の前に君が代のテープ演奏を強行し、それに反発した二十数人の職員が『君が代反対』のプラカードを掲げるなど抗議の意志を表明した。また教師の一人が校長室前の廊下に君が代反対の意思を署名入りで大書したという。(朝日新聞)
学習指導要領の改訂にともなって学校の式典での君が代斉唱が義務化された。そして教育委員会がその実行を強力に迫っている。この校長にもそういう圧力がかかっていたのであろう。しかし、その学校の教諭全員が反対しているような事を校長はなぜ強行しなければならないのか。一カ月以上に渡る話し合いでなお変わらない教師達の強い意志を権力的に抑えることが正しいことなのか。
校長はまず生徒や教師達の考え方を大切にし、意見の違いがあってもそれを権力で抑えるべきではない。たとえ教育委員会の意に反しても、だ。それが教育者の立場である。
ところが現実には、ほとんどの校長は教育委員会の指示を忠実に実行する執行官として教育行政の一機関に成り下がっている。それは今回の問題に限らず、日常の学校運営のあらゆる局面に及んでいるのである。そこに今日の教育の深刻な問題がある。
この校長が落書きについて『書いた内容よりも、落書きしたという事実を残念に思っている。もっと民主的な方法で議論して欲しかった』と言っている。盗っ人猛々しいとはこのことだ。
教育現場から
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