擬人化の問題点
小さい子どもがいる関係で、ここ数年絵本を開く機会が多かった。そんなとき、いろいろと気にかかることがあったのだが、あまりにも何もかもが擬人化され過ぎているということもその一つである。
動物や植物などが擬人化されるのならわかる。山や湖のような生命活動を感じさせる自然物や、自動車などのように動くものもわからぬではない。しかし石ころや長靴、テーブルといった純然たる無生物まですべて擬人化されて言葉をしゃべり、動き出すのである。これほどその範囲が拡大され一般化されると、何か異常な感じがする。
昔から童話の世界で擬人化はよくみられた。それは、こどもが何でも自分と同類の物として自分に引き付けて理解するものだからであろう。いわば主観の世界である。その主観の世界が、将来客観的な法則性を持った外界の認識へとつながっていくのならよいが、主観のままで病的に肥大化しては困る。
いうまでもなく、自然に存在する物体は固有の性質を持った客観的な実在である。その性質自体に我々が介入する余地はない。我々人間は、そのように厳然として存在する自然物や自然法則の中で生きるごく小さな存在として、時には自然の猛威を恐れ、時にはそれを利用してきたのである。
ところが、すべてを擬人化して自分と同じレベルで見る習慣がつくと、客観的実在を理解できなくなる。人間は幼稚になり、自己中心的になり、観念的になる。その結果、自然の中でも社会の中でも生きることができなくなるだろう。何か恐ろしいものを感じる。
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