ルワンダの悲劇
私たちにとってルワンダは遠い。地理的にもほぼ地球の反対側だし、歴史的にも接触がなく、経済的なつながりも小さい。民族的な一体感に支えられて発展してきた日本と、部族対立を抱えるルワンダでは国民の意識もまるで違うだろう。植民地経験の有無も大きな差を生み出しているはずだ。両国の間にはほとんど共通項がなく、日本人がルワンダを理解できないのは自然なことである。
そのルワンダで虐殺の混乱のさなか、対立する部族の者を一人殺す毎に日本円にして百円ほどの報奨金が支払われたという報道があった。これがどの程度の範囲で行なわれたのか、また、それが予め公約されていて金銭目的の殺人が行なわれた事実があるのかなど詳しいことはわからないが、それにしてもこういうことは私たちには理解しにくい。
私がこういう話をしたら、『日本でも戦争で手柄をたてれば勲章が与えられたではないか』と言う人もあった。しかし勲章と現金では意味が全く違うと思う。勲章というのはその人の行為を社会的に賞賛するものであり、強固な社会組織の存在が前提となる。ところが現金という即物的な報償は、むしろその社会が組織されておらず砂のような民衆の集合体であることを意味するものだろう。
ここにルワンダの悲劇の本質がある。諸部族が平和的に共存していたアフリカの地に、武器やお金という『文明』が持ち込まれて伝統的な社会が解体し、人間が砂のような存在になった。その責任はやはり先進諸国にあると言うべきだろう。いずれにしても現地での人間的なつながりの回復こそが急務である。
ああ、日本人
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