醜い日本人
今日は五月五日、こどもの日だ。家族で近くの公園へ遊びに行った帰りに、カーラジオでちょっと気になるニュースを聞いた。
フィリピンで、現地の女性と日本人男性との間に生まれた混血児たちに日本のこどもの日の行事を楽しんでもらおうという催しが行なわれたというのだ。主催したのは日本のボランティアグループ、招かれたのは父親がわからなかったり、わかっていても認知を拒まれたりしているこどもたちだという。
なんともグロテスクな話ではないか。身勝手な日本人に見捨てられたこどもたちに日本の行事を体験させて、それで本当に彼らが喜ぶと思っているのだろうか。もしそうだとすればそれは大国意識を背景としたフィリピン人に対する差別意識に根ざしたものという他ない。そして、もしこの催しによって今後フィリピンで生きていくべきこどもたちの現地社会への帰属意識にいささかなりとも動揺が生じ、彼らが社会への不適応を起こすようなことがあったとすれば、主催者グループはどのように責任を取るつもりだろうか。
戦後、日本に駐留した米軍兵士と日本人女性との間に混血児が生まれ、それに心を痛めた何人かのアメリカ人は彼らのための援助活動をした。しかしその大部分はこのような差別的なものでも無責任なものでもなく、将来の社会適応を模索した継続的な取り組みだったと私は理解している。常々独善的と評価されがちなアメリカ人でさえも、だ。私はこのニュースを聞いて、日本人が再び世界で最も醜い存在になりつつあるのではないかと恐れざるを得ない。
ああ、日本人
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