明日に架ける橋
あなたが疲れきって無力感にさいなまれている時、私はあなたの味方でいてあげよう。辛く過酷な日々、友達が見つからないなら、私は激流に架ける橋のように我が身を横たえてあげよう。
ずいぶん古いが、これは私が好きだったサイモンとガーファンクルの世界的なヒット曲"Bridge over the troubled water"の冒頭の部分の大意である。
ところで原題にある troubled water という言葉を辞書で調べてみると、「あちこちで渦巻くような激しい流れ、激流、濁流」というような説明がある。海峡を流れる渦潮か、嵐の大海原、あるいは大雨の後の洪水のようなイメージである。だからこの曲の題名は、激流に架ける橋とか、荒海に架ける橋とすべきである。
ところが、この曲の日本語のタイトルは、なぜか『明日に架ける橋』なのだ。これでは何か明るい明日という日があってそれに向かって虹の橋でもかかっているようなニュアンスになってしまう。本当はこんな明るい軽いものではないのに。
こういう不正確な訳がされているのはこの曲ばかりではない。また題名に限らず訳詞もずいぶんひどい。原詩と訳詞の意味が全く正反対という事も少なくない。
おそらく訳者は日本人の好みに合わせてこのように訳すのであろう。日本人は現実の奥深さより塗り絵的な単純さを好むようだから、その方が売行きがよいのかも知れない。しかしこういう誤った題名で紹介されてそれを信じ込み、原曲の深い味わいに思いも及ばぬまま聴き過ごす我々は不幸だと思う。
日本語の風景
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