干上がる川で
例年より早かった梅雨明け以来、もう二十日あまりも雨の降らない日が続いている。
そのため、普段は川幅が三十メートルはある芹川もどんどん干上がり、水の流路が極端に狭まった。しかも、その水もよどみがちで、深みには水草が生い茂っている。露出した川底のあちこちに深さが十センチもない水溜りが出来ているが、これも日一日と小さくなり、干上がってゆく。
夕方、この川岸を歩いていると、流路の一部が異常に盛り上がり、水草の間にピカッと光るものが目についた。何だろうと近寄ってみると、なんと数千匹もいようかという小魚の大群だ。まるでその魚の一部が群れからはじき出されるようにして水面に跳ね、その白い腹が夕日に光るのである。
私はふと気になって水溜りの一つを覗いてみた。すると居る居る、さっき見たのよりはずっと小さいが、やはり何百匹もの魚がそこに群がっているのだ。 この魚たちは水溜りが干上がれば死んでしまう他ない。いや、既にそのようにしてあちこちで無数の魚が死んだのだろう。彼らはこうした環境の変化から身を守る術を持っていない。自然の気まぐれのもとでは個体の運命など風前の灯し火よりはかないのだ。しかし彼らの仲間の一部は安全な水域に逃れていて、やがて新しい命をはぐくむはずだ。
生命の本質は個体にではなく、種にある。何千、何万の魚が無為に死ぬ。だが種は生き残る。そういうことは理屈としては知っていても、実際に自分の目で確認してみるとやはり強烈な印象を伴うものであった。
生命の四季
恋の季節 水ぬるむ 干上がる川で 色即是空 美しい9月の朝に
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