ふしぎ大好き について
私は小さい頃から理科が好きで、その延長のような形で理科の教師になった。そして今でも自然現象に素朴な「ふしぎ」を感じることが、自然を理解するための第一歩だと感じている。
ところが、その「自然」認識の結果として発達した科学技術を応用して、私たちの身の回りには便利な機器があふれかえり、それにともなって私たちはむしろ「自然」から遠ざかってしまったようだ。その結果、私たちが「ふしぎ」を感じる機会が減っているばかりでなく、「自然」が厳然とした法則性に貫かれているのだという認識すらも薄らぎつつあるように感じる。
理科教育は、あれやこれやの公式や科学的知識を詰め込んだり、科学の成果を賛美したりすることであってはならない。当時はオカルトブームで、エセ科学が流行っていたものだが、日常生活の中で科学的にものを考えることができるようにすることこそ、科学教育の課題だったはずである。そんな思いを書いたのがこれらの文章である。
ふしぎ大好き
UFOの正体見たり 失われた不思議 1PPM プルト君のウソ
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