2023年1月30日月曜日

              ある後ろめたさ


 数年前、私のこどもたちがまだ保育園に通っていた頃のことである。職場の慰安旅行に参加した私は、宴会の前、豪華な食事が並んだホテルの大広間から自宅へ電話を入れた。電話に出たのは長男だった。受話器からは、『お父さんから電話!』と家中に叫ぶ長男の声が聞こえてきた。そして私の『みんなどうしてる?』という問いかけに、彼は『おとうさん、今日はカレーやで!』と弾んだ声で答えたのである。その途端、私はことばに詰まってしまったのだった。

 その主な理由は自分の目の前の豪華な食事とカレーとの落差だった。パチンコで一万円負けて帰ったときに、百円の小遣いをもらって大喜びをしている子供を見るような気分である。しかし長男にそんな思いが伝わる筈もなく、彼は無邪気に『今日はカレーやで!』とはしゃいでいるのだ。普通なら『そうか、よかったね』と応じるところなのだが、そのことばを無条件で口にすることが出来ない自分が後めたく感じられたのだった。

 豪華な食事といっても決して特別なものではない。年に一度の慰安旅行でのことだし、家族旅行ではこどもたちにも同じような食事をさせている。またこどもたちがカレーで大喜びしているのも間違いなく、彼らに私の前の会席料理がいいかカレーがいいかと尋ねれば彼らは躊躇なくカレーと答えるだろう。

 だから、理屈の上では私が後めたさを感じるべき理由は何もないのだ。それにもかかわらずあのとき強烈に感じた『後めたさ』というか、ある種の『わびしさ』は何だったのだろうかと、今も気にかかる。

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