草いきれと煙のにおい
私はいなかに育ったので、小学校時代の通学路は水田の中の農道であった。その道も今では耕地整理のためになくなっているが、当時は荷車がやっと一台通れる程度の細い道で、全体が雑草におおわれていた。荷車のわだちの部分は低くくぼみ雑草の草丈も低かったが、道の中央や両わきの雑草は子供の膝から腰あたりまでも伸びていた。
夏の朝などその道を通ると、草がまだ夜露に濡れていて背の低い私たち小学生は腰のあたりまでぐっしょり濡れた。そして、日中、強烈な太陽に照らされた雑草の中を歩くと、青臭い独特の熱気が道をおおっていて、息苦しさを感じた。その草いきれの感覚は、今も私の夏のイメージである。
春や秋に、その道を通ると、あちこちのたんぼで藁や籾殻、雑草などを燃やしていてその煙が低く地を這うようにただよっていた。植物を燃やした煙はツーンと鼻をつく酸味のある臭いで、目が痛くなり涙が出ることもある。私は後に石炭や石油を燃やしたときの臭いを知るまで、煙はすべてこういう臭いなのだと思いこんでいた。
この草いきれと煙の臭いは、私に強い郷愁を覚えさせるが、最近そんな雑草の道を歩く機会が少なくなったのは残念だ。
私の学校では八月に理科の野外実習があって、私も生徒達を連れていなかの道を歩く。そんな時、かすかな草いきれを感じるとそれがうれしく、生徒達もこの臭いを感じているだろうかと思う。また、通勤の途上で懐かしい煙の臭いを感じると、車を止めてしばらくその臭いに浸っていることもある。
ああ、中年
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