知らぬ間の春
庭に出てみて驚いた。ついしばらく前に小さな芽を出していたふきのとうが大きく伸びて、もう開きかけている。チューリップの芯に硬いつぼみができている。一日一日と日が長くなり、暖かくなっているのは気付いていたが、庭の植物がほんの一週間前と一変したのは新鮮な驚きだ。
春の野原。男と女の周りには小さな青い花弁の瀟洒な花がびっしりと咲いていた。『この花の名前、知ってる?』と女はその一本を男に手渡した。『おおいぬのふぐり』と男は答えて、その花を女に返した。男はふぐり(こう丸)の意味も知らないで無邪気に自分を見上げているこの女がかわいい、と、心の底からそう思った。
二十五年ほど前に新聞で読んだ文章の一部である。このさわやかな一節は、それ以来、早春のイメージとして私の心の底に鮮やかに残っている。
当時、私は大学に入学して間のない頃で、これから自分の人生がどのように展開するのか、自分はどんな女性と巡り会うのかと、いろいろ思いを馳せていた。今でもこの文章の一節を思い出す度にその当時の不安に満ちた私の気持ちが思い出されて、懐かしさに胸が締め付けられるような気がする。
それ以来何度も春が巡ってきて、今年もまた気が付いてみると、もう春。まだ庭に『おおいぬのふぐり』の花は見かけないが、もう半月もすれば青い小さな花がいっぱい咲くだろう。私には家庭があって三人のこどももいる。今日は久しぶりの休みで、庭へ二人のこどもを誘いだしてキャッチボールをした。
ああ、中年
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